自己紹介のような懺悔を徒然と ~近況含め~

ここ最近、自分は何をやっているのだろうかと思う。
 
結果的に何とか、来月からエンジニアとして社会に復帰できそうではある。
 
だが、この話は、変なプライドを持たなければ本来4月の時点で解決していた話だった。
 
順を追って話すと、まず12月から続いていたフリーな生活は開始早々に資金が底を尽き、地獄を見る羽目になった。
 
家を捨てると同時に始めた、MitNakという芸名での役者活動
(ラジオアプリで朗読配信→ちらほら支持される→リアルでやってみようと思うようになる→12月から月一ペースで舞台に立つ
※朗読がメインだったはずなのにあれれ?朗読「劇」ばっかりやってて、知らぬ間に役者活動やってるぞ?なんだこれ??と思いつつ、そこで出会う人々が愉快な方が多く、なんだかんだ楽しい。人生色々あるもんだ。ちなみに今6月頭の舞台に向けて準備中)
 
※ちなみにMitNakという名は、MitsuhiroNakashimaを短縮して作った。その読みが、ITエンジニア御用達のサービスGitHubと似てるぞ、何かイイ感じと思って名乗っている。
※後で知ったが、MitNakという言葉は、エジプト語でF●ckの意味の超スラング語らしい。社会に唾吐くクソガキの感じが嫌いではない。
 
だが、役者生活は何かと金がかかる。
稽古という名目がなければ絶対行かないような場所に交通費支払って出向かないといけないし、衣装代やら、そして難関のチケットノルマ
人間関係の一切を断ってきた私には本当にきつい
 
ただ、舞台に立つのはやはり楽しい。これは立ってみた者にしか分からない中毒性がある。
目の前にお客様がいて、自分の一挙手一投足に反応がもらえること、感動してもらえること、直接感想を伝えに来てくれる方もいる、公演後のアンケートに自分の名を書いてもらえることも増えてきた。
養成所にも何も通っていない、独学で学んでいたとはいえ素人に毛が生えたような私を支持してくれる人がいる。こんなに喜ばしいことはない。
 
 
とはいえ、これ以上首が回らなくなりかけていることも事実。エンジニアとしての自分も好きな私は完全にそこから離れるという選択肢ももてず、仕事探しを始めた。
 
転職サイト経由で実は4月の時点で正社員の仕事が決まった。
だが、前職の影響もあり、正直気が進まない。おまけに私は根っからのスーツ嫌いだ。
 
そんな最中、とある朗読劇きっかけで、WEBデザイナーとしての仕事を紹介してもらえそうな話になった。
 
「役者が貧乏生活をしているのはおかしい。本来役者は「職業」として認められるべき存在なのに、福利厚生もなければ、別にアルバイトをしながら耐久レースをするのが皆当たり前だと思っている」という認識が徐々に生まれてきており、役者が演技に集中できるような環境作りをしていこうという流れがあるように思う。
その中に、とにかくすぐに金になる技術を最速で身に着けてもらい、最低限の経済的ゆとりを持ってもらおうというものがある。
 
紹介先の企業様はそんな思想を持った方々の一つで、仲介をしてくれた方はTwitter経由で知り合い、その方を間に挟んで企業様へ会いに行く私。
その行動力を見込まれ、とんとん拍子に話が進んでいく。
話自体に違和感はなく、また、朗読劇が本当に心の底から楽しいと思える出来だったし、かけがえのない仲間にも出会えた思い入れの深い作品だっただけに、そのきっかけで知り合えた方を疑いたくなかったというのもある。
 
ちなみに、デザイナー経験などないが(イラレを軽く触ったことがある程度、フォトショは触れたことすらない。)、話によると平均半年、最短で一週間で報酬を出せるレベルにはしてあげられるという。
あれ?これだったら正社員に就く必要ないかもしれない。
一刻も早くごちゃまぜの家に利益を還元したい私としては、この話に縋らない選択はなかった。
 
だが、話を進めていく内に段々怪しい面がでてくる。
教材購入のためにクレカを持てだの、持てないなら前金でウン万払ってくれだの
そんな額今パッと用意できるならこんなジリ貧生活してないわと心底絶望することに。先走って正社員の仕事を蹴った私は、再び白紙の状態に戻されることになる。
 
(続け-)

自己紹介のような懺悔を徒然と

2018/12/10 会社を退職した。

理由はこんな感じだ。
①会社の空気が停滞し始め、社内に陰口が横行し始めた(空気が悪くなった)
②家無し生活を始めて、始めの試行錯誤期間で迷惑かけまくり、単純に居づらくなった。
③毎日同じことの繰り返しで、このままでいいのかと不安になった。
④CEOの人間性が嫌になった(コミュニケーションが苦手な私の為に色々と「為になる」お話をしてくれたのだが、「これっていわゆるイエスバット法では」「これ催眠術でよくみるやつ」等々、不信感を抱き、「あぁこの人は天性の詐欺師なんだ」という結論に。元々所属していた部下を引き抜く形で立ち上げた会社で、部下からは慕われていたのだが「要するにこれって洗脳なんじゃね」と思うようになった。
⑤配信を始めて、そこで得られる反応が楽しかった。どうせなら楽しいことで生きていたいと思うようになった。
⑥もっと自由に動き回り、世間を知りたいと思った。コミュニティに突撃し、自分の人間の好き嫌いを肌感覚で実感したいと思った。

2年間に亘る正社員のこの経験から、現状の不満の改善のための起業はうまくいかないのだという結論に達した。サンプル1と言ってしまえばそれまでだが。

10月に始めた家無し生活。
ただ、模範とした坂爪圭吾氏のように自分をオープンにした生き方には踏み切れず、二番煎じにもならない結果となった。最初は動き回れることに楽しみを抱いていたが、振り返ると意外と同じところに向かうようになり、そんなに毎日開拓することもしないのだなと。

おそらく、職にしがみついていれば金銭的に困窮することはなかったのだろう。だが、家と一緒に職を失った。
これは痛かった。

次第に困窮し始め、アルバイトだけではどうにも立ちいかなくなる。積み重なるストレスで体からケトン臭もし始める。
あぁ、こうして、一般的なホームレスという存在ができあがっていくのかと、他人事のように思った。

そうして死に瀕した状態でかけこんだ、横浜市-菊名にある「ごちゃまぜの家」
恥ずかしながら、全くの初対面の氏に対して助けを求めた。

勝手な人だなと思いながらも手は差し伸べてくれた氏。

そう、私は勝手な人間なのだ。
自分の自分による自分の為の世界だけを生きてきた。
だが、それは人を人と認識できない。没頭している内は、他人が影にしか見えないのだ。

おそらく、私が「友達がいない」と思っているのも、私がそう思い込んでいるだけなのだろう。あるいは思い込んで、孤独な自分を演出しているだけなのかもしれない。

友人とも親族とも、数年ぶりに再会して2年間同じ会社にいた兄とも関係を断ち、天涯孤独の己を作り上げた。

これは逃げだろうか。逃げなのだろう。

愛してくれていると思っていた親族が、実は私が誕生した瞬間は、言語発達に遅れのある「異常な」私のことを非難していたこと、いじめの窮状を訴えても「一人で解決できないなんて情けない」と突き放した親、何の前触れもなく「失敗作」呼ばわりしてくる環境、
家でも学校でもバカだノロマだ役立たずだと罵倒される日々が数年続き、私の心はすり減った。

内心は、「失敗作」と貶められた過去が蝕んでいた。ほんの細やかな取るに足らないミスの数々が、どうしても埋められない決定的な私の人間としての欠陥に思えて仕方なかったのだ。

おそらく、私を知る人間からすると全くそんな風には見えなかっただろうし、「お前だって人に迷惑かけまくっただろ」「同じようなことしてたじゃねぇか」「何被害者ズラしてやがる」と言われるのだろう。

オープンにすれば、とはいうものの、何を綴ったところで「お前が人と関わろうとしてこなかったせい」「努力不足」と言われるのだろうという諦観だけが支配する世界。

努力ができるのは、それを得た先に希望を見出せるからではないだろうか。関わった先に何があるのかイメージができないものに対して何を頑張れというのだろう。

皆もやっているから?皆苦しんでいるのだからお前も頑張れ?その苦痛は果たして同じ質で同じ量だろうか。本当にそれは平等に分散されているのだろうか。

「それでも人は人と関わっていかなければ生きていけない」
ならばもはや私は死ぬしかないのだろう。

幾重にも重なった心理的な檻が、指一本動かすことすら億劫にさせる。果たして今の私は、全てが自業自得か。

(続け-)

自己紹介#1

 

中島允丈(なかしま みつひろ)

 

私は汚い。醜い。
こんな人間が助けなど求めてよいのだろうか

世間を突き放して一人を選んだ私が

 

 

 

 

1989年12月3日3時21分
産声を上げた瞬間、血液型不適合により黄疸を持った状態で生まれた私は、すぐに保安室の中に隔離される。一命は取り留めたものの、その後は何かと病気がちな赤ちゃんだったと聞いている。

「允丈」という何とも難読な漢字がつけられたこの名は、「誠実」+「頑丈」が込められている。
著名な神経学者の名から「允」の字が、病気がちな私のことから「丈」の字と組み合わされた。

誠実かどうかはともかく、頑丈に関してはこの名の通りだなと、そう考えると如何に名前が大事かがわかる。

 

6歳上の兄とは異父兄弟に当たる。
再婚後の母にとっては、父との間に生まれた待望の子だったようだ。

 

だが、幼い頃から出来の良さをもてはやされていた兄とは異なり、私は言語発達に遅れが見られ、5歳頃までロクに喋らず、いつも爪切りで遊んでいる子供だった。

 

当時の私にとって、爪切りは、テレビゲームの「STAR FOX」の戦闘機を後ろから見た絵に見えていたことを覚えている。思えば、私の世界の認識はこの頃からほとんど成長していないように思う。

 

 

そんな、兄とはあまりにも対照的な私のことを、とある親戚が酷評し、母に向かってこう言ったそうだ。

「この子は、アンタの失敗作だ」

 

 

 

発奮した母は、私をどうにかまともにしたいと躍起になったのだろう。

私は必要以上に手をかけられてきたように思う。養護学級を検討した小学校も、先生との協議の果てに何とか普通学級に入れてもらえたし、世間に先駆けてパソコンを家庭に取り入れ、課題のドリルの問題を他の皆がノートに手で書き写す中、問題をプリントアウトしてもらっていた。

 

思えば、当時の過剰な特別扱いが、後まで根深く引き摺ることになる、根拠のない万能感に繋がっているように思う。何不自由ない生活だった。「小学校までは」

 

甘えという言葉に翻弄されているであろう何かに縋りたい実はボロボロの君へ ♯Part1

最近、とある事情により新島襄という男について調べている。
一言で表すと同志社大学創立者だが、その人生は波乱万丈だ。
※同大学の卒業生というわけでもなんでもありません。
妻である新島八重は、2013年の大河ドラマ「八重の桜」が記憶に新しいのではないか。

昨日はその調査のこともあって、日帰りで京都へ小旅行にいってきた。
旅行記は以下にまとめた。

 [リンクを貼る予定]

 

同志社大学の理念は「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」
この内、キリスト教主義について取り上げたい。

 

黒船来航をきっかけに海外の文化に注目するようになった襄。だが、文化そのものよりも、その文化を生み出す根底にある思想は何なのかという、そこに根付く精神的基盤に注目するようになる。日本国内の知識偏重の知育教育に嫌気が差しており、知識を正しく用いる精神性を求めていた襄だからこその発想であると思う。

 米国での生活を通して、彼はその精神的基盤がキリスト教(プロテスタント)にあると見出し、日本の再興にはキリスト教の布教しかないと思い立つ。その傍ら、鎖国下にあった日本国から海外留学の道は閉ざされており、知り合いの伝で密出国をする選択をした襄は、その過程で数学と航海術を学んでいた。米国においても留学先で自然科学を専攻し、実は理学士としての側面を持つ。その背景からか、日本においても、宗教教育と平行して自然科学教育にも力を入れたいと考えていたようだ。

科学と教養としての宗教を学ぶ、人材育成を主体とした高等教育機関たる総合大学の設立、これが襄の生涯をかけた目的だった。

 

私が共感しているのは、文化を生み出す根底にある精神的基盤、人の生に欠かせないものとしてキリスト教という宗教の必要性を見出した点だ。キリスト教に限定したのは時代的な制約もあるので、私としては特定宗教を薦めるわけではない。とにかく宗教というものが軽んじられていいものではないことを強調したい。

 

宗教:Religion の元になったラテン語の意味は「結び直す」だ。
この言葉に宗教の本質が隠されていると思う。

結び直す、それはつまり人間が元々何かと繋がりを持っていたことを意味する。
それは、母親との胎盤を通した物理的な繋がりではないだろうか。

 

母親の胎内にいる間は、母親の庇護下にあり、生命維持や成長の為の栄養も絶えず補給され、命の絶対的とも言える安全性が確保された状態だ。

だが、成長と共に我々は外の世界に飛び出さざるを得なくなる。幸せになれる保証などない、一生涯理不尽のみを経験する可能性もあるこの世界に。そんな不確実性に溢れた世界に、我々は何か特段の使命を自覚することなく参加させられることになる。

 

畢竟、出産という行為はエゴに過ぎないと思う。産まれる私自身が、この現実への参加表明をしたわけではない。ただ、母体の「産みたい」「子供が欲しい」という欲望から参加させられる、極めて受動的なものだ。そんなことはないという意見は、成長過程における解釈の変化に過ぎない。事態だけを観察すれば、産まれる側の意図など介入する余地はないからだ。あるいはそんな欲すらなく、「何となく」なんてことですらあるかもしれない。
リア王も言い得て妙だ。「こんな茶番の舞台に、放り出されたのが悲しくて泣いたのだ」。

だからこそ、生後に「参加できてよかった」と心底感じられるような体験が必要であるように思う。

 

産まれ来る私達の目線では、絶対安全の環境から突然、不確実で未知な世界への急激な環境変化を経験することになる。

Religionとは、母体との物理的接合を切り離され、不安定な状況に晒された、孤立した我々の魂を、もう一度絶対性を感じられる何かと繋ぎ合わせることで安全を確保しようという営みではないかと思う。物理的接合から抽象度の高い精神的接合だ。

 

ここで、人間の物事の認識について定義しておきたいが、我々は物事を相対的にしか認識できない。

例えば、目の前のリンゴを認識する時、リンゴを認識する個別の細胞があるわけではないということだ。そうだとしたら知識の数だけ細胞があることになり、換言すれば細胞の数が多ければ賢いことになり、そうすると脳の大きさと知識量やIQは単純な比例関係になるはずだ。実際の認識は、〇△等の単純な図形情報や色覚情報などの低次元情報をもとに対象を脳内で再構成し、その像と記憶との比較を通じて一致率の高いものを解として認識する。新たに目の前に現れた情報を、絶えず記憶と照合し続けることによって認識の世界は脳内で再構成され続ける。

 

話を戻そう。神への信仰が宗教なのではない。それは極めて形骸化された定義だ。
相対的にしか物事を認識できない我々の心に絶対性を仮定し、基準とした絶対性との比較を通じて、現実を正しく認識できるようにする基盤を作ることこそが宗教の本質なのではないだろうか。理屈を超えた絶対性への信仰こそ、我々の生に欠かせないものであるように思うのだ。
世の多くの宗教で想定される「神」というのは、その絶対性を象徴する概念として作り出されたキャラクターに過ぎない。

 

言ってしまえば、絶対だと信じられるものであれば神である必要などない。
「イ〇ローかっこいい」でも「孫正〇すごい」でも「〇森和夫は神だ」でもいい。理屈を超えた、心の奥底で生まれる共鳴現象、その瞬間宗教は誰の心にも発生する。三大宗教の影響力があまりにも強烈な為に見失いがちだが、特定の価値観や偶像への心の傾倒こそが宗教性だ。よく聞かれる「尊敬する人は誰ですか」は、実は幸福な人生における最重要の質問だということになる。

 

日本人の多くは無宗教を公言している。だが、宗教をこの観点から見れば、無宗教であるというのは価値判断を一切行わないことを意味し、それは本質的に何の意見も持たない状態を意味する。もしも本当に無宗教な人間などというものが実在するならば、それは釈迦のように真理を徹底的に追求した者か、物事に対して自発的に一切の判断を下さぬ無思考な人間のどちらかだ。

 

 

さて、表題の件に戻ろう。絶対性への信仰だの相対的な認識だの小難しい言葉ばかりでてきて、その上宗教を扱う胡散臭い内容になってしまったが(私は胡散臭いとは「肯定への恐怖感情」と定義しているが、その話は後日)、要するに絶対性への信仰とは無条件の甘え感情になる。

 

続く(力尽きた)

 

 

 

 

 

 

 

2018年を振り返り ♯1

何か衝動的に文章を綴りたくなったので、思いつくままに書いてみようと思う。
軽い自己紹介も含めて。

 

-------主な活動-------

★朗読活動(芸名:MitNak(ミットナック)名義)
元々声優が好きではあったが、ある朗読劇を観覧したことをきっかけに本格的に活動を開始する。SPOONというラジオアプリで朗読配信をするということから始め、そこでの反応がそこそこ良かったので、完全に調子に乗る形でライブ活動を開始。芝居ってすげぇとか、私全然発声できてないじゃん、プロは違うわ・・とか実戦の中で滅茶苦茶に指摘されつつ、今までの自分を全否定されつつ一歩ずつ前へ進んでいる最中。将来的に活動の場をYoutubeに移したいと密かに計画中。

・12/4/2018 「Zip&Candy~ロボットたちのクリスマス」
キングコング西野亮廣さんが考案した、新たな仮想通貨(のようなもの)「レターポット」と、その思想に共感して集まった有志のグループ『レタポ恩読部』。
レターポットとは? - YouTube

一足早いクリスマスをテーマにした絵本の朗読ライブを開催。
絵本アプリ 森のえほん館より題材ご提供「サンタさんのいちねんかん」を朗読。
当日のライブ動画:

https://www.facebook.com/akio.furukawa.1675/videos/1105839396261535/

※私の映像は20分頃から

 

・12/13-12/15 /2018 三島由紀夫「近代能楽集」 ピクタ・ア・エイト主催
演技の素人玄人、老若男女問わず、芝居の経験を積める環境作りをモットーに設立されたピクタ・ア・エイト。オーディションに応募してご縁を頂き、その初回公演に出演。
三島由紀夫「近代能楽集」の中から、演目 卒塔婆小町より巡査役

ピクタ・ア・エイト – 名作を生きよう。


※今後出演予定
・2/1~2/3「今日、ここのへに咲く」
同志社大学創立者新島襄の妻、新島八重をメインにしたオリジナル作品。元教員の著者が、教員時代に執筆した作品。この度、「空間美術 × 朗読 × 音楽」をテーマに舞台化。Facebookにて募集されていた1名分の出演者枠に入り込む。

kyoukokonoenisaku.weebly.com

著者自身がお世話になったという福島県京都府へ、恩返しの意味を込めて高校生・大学生の無料招待をしたい!というクラウドファンディングを設立。企画者の心意気に感動して参加を決意。



★ごちゃまぜの家での活動(本名名義) 
「ふと振り返った時の自分の人生の浅さ」「将来に対する漠然とした不安」から、『家に帰る時間すらも惜しい』、人間的に爆速成長を遂げるべく『人生を高速回転させたい』と思い立って、思い切って家を捨てる。ミニマリストやゲストハウス暮らしなどではなく、本格的なホームレス生活を始める。

背景には、いばや通信の坂爪圭吾さんへの憧れがあった。

いばや通信

 人との縁の中に溶け込むような、人間社会というよりは自然界に生きているかのような坂爪さんの生き方への完全なる憧憬。だが、自分の生活をブログで公表するわけもなく、友人等の伝をたどることもなく、各地を転々としながら孤独に過ごす。2か月ほどは調子よく生きていられたが、段々体と懐事情に限界が訪れ、完全に逃げ込む形でごちゃまぜの家に駆けこむ。

正直に言おう。憧れの人からの第一印象は最悪だったことだろう。
※こちらのイベントに参加した→わたり食堂【0円食堂】

なんせ、「坂爪さんとごちゃまぜの家にどうしても会いたくて、東京から歩いて来た。だけどお金なくて帰れないから1000円ください」などと抜かしやがったのだから。

完全に頭がイカレていた。およそ8時間越しの物乞いである。


だが、こんなふざけた申し出に対し、「勝手な人だな」と思ったと言いつつも

「別に1000円出すくらいいいけど、でもそれでこの関係はここで終わっちゃうよね?」

と、これまた視点の違った返答が返ってくる。そんな最中でもあの真直ぐな瞳で心を射抜いてくる。

2018年、激動の一年だった。
職を3回変え、フリーの朗読活動を開始し、家を捨てると同時に会社も辞めた。
一文でまとめるとこうなるが、何と脈絡のない人生だろうと思う。

 

とにかくじっとしていられなかった。
何か言いようのない不安が押し寄せてきて、「私はこのままでよいのだろうか」
この疑問が常に隣り合わせだった。

 

思えば、この一年は、日々この疑問との闘いだったのではないか。
曰く、「私が【私】だと思っている『私』は、本当に〈本当の私〉なのだろうか」

 

睡眠の限界にも挑戦した。
この生活が可能だと考えた理由の一つに、睡眠に関するパラダイムシフトを
考えてみたらそうだ。人間だけが睡眠時間からの逆算で日中の行動を決定する。

そう考えると、睡眠欲求というものがわからなくなってくる。
お腹など空いていなくとも目の前に好物があったら「食べたい」と思う。
生存の危機など迫っていなくても性的刺激を受けたら「ヤリたい」と思う。
だが、寝具を見ただけで「寝たい」などと思うだろうか?
寝具に飛び込みたい、横になりたいという欲求はあるものの、それはどちらかというと入眠前の微睡みの気持ちよさであったり、視界に罹る眠気を取り除きたいという欲求であり、それは正確には寝たいというより「癒されたい」に近いのではないか。

極論、睡眠行動というのは、主観的な体験としては、意識を失う点で失神とほぼ変わらない。もしも「睡眠欲求」というものが存在するとするならば、それは「失神欲求」と言い換えても差し支えないように思われる。だが積極的に意識を失いたいと思ったことは、少なくとも私はない。というかそれは、ほぼ完全なる「死への欲求」と言ってもいいような気もする。

 

私はおそらく、生き方に「絶対」と呼べるものなどないと、生涯を通して証明したいのだと思う。
 
それはおそらく、私自身が誰かの考える正解に振り回されて生きてきた結果、意思を持たないマシンになってしまったから。
 
感情を押し殺してきた。
傷ついたことを訴えても誰も興味を持たないから。
人が興味あるのはいつだって、良くも悪くもエンタメだ。
そこで試されるのは、笑いに転換できる能力と空気を読む力と、逆転したという結果だけだ。敗北の物語はいつだって切り捨てられる。
歴史が勝者の観点のみで構成されるのも、そうした方が紡ぐ側も楽しかったからなのかもしれない。
 
私が繰り返してきたことは、人体をシステムとして捉え、エンジニアリングし、感情を徹底的に対象化することだ。
私が抱くこの感情の由来は何だろうか。感情に波が生まれた、今朝のこの行為が原因か。この感情が発生したのは過去の何に起因しているのか。そうか私は今これが満たされていないのか。
 
常に分析を繰り返して、心などという曖昧さを許さず、物質と捉えることで客観であろうとした。
 
 
脈絡なく続けて書いてみたら溢れてきた。
続きは次回。